今日はルーテル学院のチャプレン・崔大凡牧師が礼拝奉仕をしてくださいました。信徒さんのまとめです。
今日の説教「神の定めたところ」の要旨をまとめてみました。「高校三年生の宗教の授業は年間計画の中で、まとめの時期に入りイエスの十字架について考えることにし、『パッション』という映画を鑑賞させました。イエスの十字架上の苦しみ、イエスの手に釘が打たれるなど現に描写されていました。私は何回も学生と鑑賞することになり、何でこの時期(待降節)にとちょつと考えてしまいました。この苦難を乗り越えたからこそイエスの神聖の証明なのかもしれませんが、聖書の示す(御子を賜ったほどにこの世を愛された)神様の愛から出発していることを忘れてはなりません。イエスの母マリアの身体を(神さまの定めたところ)として突然の懐妊、それを《御心のままに》と受け入れたマリア、十字架上での死の直前《すべてみ手に委ねます》と決断したイエス、この両者には共通点があり、それは神様への深い信頼にほかなりません。クリスマスの時期このことを考えておくことは大切なことです」
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