広島教会の元気おばあちゃんだった、重枝昌子姉が29日午前6時に召天されました。おばあちゃんの人生を思うと、山あり谷あり、楽しいことも多かったし、それと同じくらい苦労もされたと思います。しかし、どんなときでも「わたしゃ、イエス様一筋。まっすぐです」との言葉とおりに生きておられました。教会の礼拝が大好きで、祈りが大好きでした。和服をきて、聖壇の正座をして祈っている姿をいつも思い出します。
ところが、そんな真面目な一面があるかと思えば、とても楽しい芸能おばあちゃんでした。社長夫人の役としてテレビドラマに出演されたり、自己流の日本舞踊?踊り?はたまた、作詞作曲までしておられたのです。とくに広島ルーテル教会をたたえる「ルーテル讃歌」。牧師を応援する「牧師讃歌」は、教会フェスティバルの定番でした。ドイツ・ブラウンシュバイクのビショップ・ウェバーの歓迎会で、いっしょに歌って踊ったことはいまでもよい思い出です。
そんな元気おばあちゃんでしたが、最後まで心配されていたのは「家族のきずな」でした。家族の一人一人のための祈りと奉仕、孫やひ孫のための祈りと奉仕。すべては家族の救いのためのものでした。また祈ってもらうことの素晴らしさも知っておられました。「牧師先生の祈りはようきかれるんじゃけえ」と祈りに覚えることをお願いされました。何度手を握って涙を流してお祈りしたことか。
教会の玄関には「おばあちゃんの宝物コーナー」があります。手芸も好きだった重枝おばあちゃんの作品です。季節ごとに自分で入れ替えておられました。もうすぐ秋がやってきます。宝物コーナーの模様替えがないのはさみしいですが、これからは天国の門にたくさん飾っていてくださるに違いありません。重枝のおばあちゃん、たくさんの祈りをありがとうございました。