テレビでは毎日、謝罪会見が行われています。反則タックルをした選手の会見以外はなんだかスッキリしないと思っています。大学側の会見は何が違うのかなと思いながらみています。学生の会見は、自分がやってしまったことに対して誠実に向かい合い、罪を認めて真摯に向き合うと言う姿に誠実さを感じました。そこかなと。
教会事務局にいた時も危機管理を求められることがありました。また新卒牧師の研修でも危機管理講習をしました。まず大切なことは「時間」と「誠実さ」だと教えて頂きました。速やかに事実確認をし、謝罪が必要なら時間を掛けないこと。事実確認ができない場合は、そのようにはっきりのべ期限をつけて回答すると約束すること。そこでも求められるのは誠実さスピーディであることでした。時間が掛かると言うのは何か公表できないものをもっているからだと。
事務局長の時に数回そのような現場もありました。「まず謝って」とか「時間を延ばして」とかは通用しませんでした。早急にやることは事実確認なのです。組織を守るとか、個人を守るは通用しませんでした。だからこそ事実確認こそ大切だったと思います。そこに立って誠実に謝罪するべきことがあれば謝罪し、主張すべき事があればきちんと主張することです。そのような対応をするならば相手もわかっていただけると思うのです。何かを隠そうとすればするほど、最悪のパターンになっていくのです。
イエス様は「隠れているもので公にならないものはない」と言われました。神様の目は誤魔化せません。真実と事実はひとつしかないのです。その事実に対してどのように向かい合うかしかないのです。そこに誠実に対処するしかないのです。危機管理の中では、その人が守っているものが見えてきます。それを周りは見ているのでしょうね