1テモテ 6:19 真の命を得るために、未来に備えて自分のために堅固な基礎を築くようにと。
女性会連盟の担当牧師の時、会報に「3年後の未来予想図」という特集の提案をしました。連盟と各教区が3年後にこうありたいという希望、願い、予想などが書いてもらったのです。女性会は「3年後の未来にこうありたい」という願いが書かれています。「つながり」をテーマに歩んでいこうとする姿勢がおもでした。さて、この3年後の予想図はこれからどうなったでしょうか。はっきりしたビジョンが与えられたわけですから、神様に望みをおいて、未来に備え、堅固な基礎を築いていくことが求められていたと思います。目標をはっきりさせることで、やるべきことがわかったはずでした。
パウロは若いテモテに「信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい」と教えます。最後に富の誘惑について忠告しています。それは、この世の富に望みをおかないで、神様に望みをおくように。それが真の命にいたる道であるというのです。神様に望みをおき「未来に備えて」「堅固な基礎」を築くようにと忠告しています。新約聖書では「未来」という言葉は2か所しかでてきません。
プロ野球でもサッカーでも相撲でもそうですが、必ずシーズン前には解説者の予想というものがあります。しかし、当たったためしがありません。なぜ当たらないのかということを考えてもみませんでした。きっと、人間の考えだからだと思います。私たちは未来がどうなるか、知りたくてたまりません。予想、予言のたぐいはこの世には氾濫しています。もちろん聖書の中にもあります。私たちの未来はどうなっていくかなど・・・。しかしそれは「預言」なのです。つまり神様の言葉を預かって人が語ることなのです。人間の考えだけでは未来の確かな予想などできないのです。そこには自分勝手な考えだけしかあらわれてこないのです。そうなると私たちのビジョンはイエス様のみ言葉の中にしかないのです。
パウロもテモテに真の命を得るというビジョンと、それに向けて「やるべきこと」をはっきりと示しています。いま教会にも自分にも求められていることは、「ネクスト○○」をはっきりさせることです。○○には何をいれるかは自分次第です。
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