ルカ 18: 34 十二人はこれらのことが何も分からなかった
聖書はよく弟子たちの無理解について記されています。ルカによる福音書によれば、イエス様は復活の後、弟子たちに出会い、彼らの心を開いて、神様の計画の実現が聖書に書いてある通り実現することを理解できるようにされました。それまでは弟子たちは何もわからなかったと記しています。
イエス様は、本日の御言葉で重要なことを語られています。ところがそれは、弟子たちにとってあまりにも衝撃的なことでした。なぜなら、「イエス様は殺されてしまう。そして復活する」という信じられないことを話されたからです。自分たちが愛し、従ってきたイエス様が殺されるときいた弟子たちは、自分たちの存在を離れて自分たちをみることができなかった。むしろみたくなかったといえます。あとになって分かることがあります。その時は、いま自分がどうなっているのか分からない。なぜそうなるのか、きっと自分を離れて第三者の目で自分を見ることができないからです。
この時代には、いろいろな家庭環境があります。とくに単身赴任のお父さんがおられる家庭では、様々な状況が生まれているみたいです。ある方から聞いた実際の家庭での話を少します。年に数回しか家に帰って来れないお父さんが、久しぶりに帰ってこられたときのことです。食事時のことでした。お母さんは、まず最初にお父さんからご飯をつぎました。すると子どもが「お母さん。どうしてお父さんが一番なの」と聞いたそうです。お母さんは「いつも私たちのためにがんばっているからよ」と答えました。しかし、子どもにとっては離れて生活しているので、お父さんがどんな仕事をしているか分からないからその答えでは納得しませんでした。本当にがんばっているかわからないというのです。そこで子どもなりに納得のいくように自分で考えました。そして大きな声でこう叫んだそうです。「わかった。お父さんはお客さんだからだ」。話しを聞きいて笑ってしまいましたが、あとからよく考えると深い問題を抱えているように思えました。神さまがどんなことをしてくださっているかを知らない私たちは、神さまを単身赴任にしてお客さんにしているかもと。
「十二人はこれらのことが何も分からなかった」。私たちはイエス様の御言葉を聞くとき、どのように聞いているのでしょうか。そのみ言葉がわからなくなっているとしたら、いちど今の自分をゆっくり振りかえるときではないでしょうか。
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