野菜本来の味とはどういったものだろうか。新鮮な野菜を食べると「甘い」というけれど、野菜本来の味に甘味というものがあるのか。などと料理をしながら考えていました。単身赴任生活も2年を過ぎると、健康を考えながら料理をするようになりました。
あるチラシで精進料理のことが書いてありました。その中に、日本料理の基本は五味であるとありました。五味とは、酸味、甘味、塩味、辛味、苦味です。調味料を控え、食材の個性や持っている味を生かすことで五つの味を際立たせるそうです。これに五色、五法も取り入れて料理が完成するとか。五色とは、白、黄、赤、青、黒。五法とは、生、煮る、焼く、揚げる、蒸す。これらすべてを調和させて精進料理ができあがるのだそうです。味、色、食感が三つそろって一つのお膳ができあがる。料理というものは、食べるだけのものではなく、すべての調和の上になりたつ作法のような感じがしました。その中で、「素材を生かす料理では、素材そのものの力こそが要」という言葉を読みました。なにかガツンと感じてしまいました。
今日も武蔵野教会で説教の奉仕をいたします。事務局勤務になると説教をする機会が減りました。そんな中で武蔵野教会の配慮で説教奉仕をさせていただいています。土曜日の夜に祈りつつ、み言葉と悪戦苦闘をしています。しかし、み言葉を生かす説教のためには、み言葉そのものの力が要であると気がつきました。この素材を生かすには、み言葉の力を信じるしかないのです。下手に味付けしたり、甘くしたり、辛くしたりでは決して人に福音を伝えることはできません。
精進料理家の方は最後に次のように書いていました。「素材を慈しむこと、食べる人のことを想い料理に向き合うこと、それが私の精進料理をとおして伝えたい」。説教も同じだなと、少し道が見えてきたようです。