マタイ 6:22 体のともし火は目である。
イエス様は「天に富を積みなさい」と教えられました。それは、富のあるところに心もあるということでした。その次に「体のともし火は目である」と言われました。続けて目が澄んでいれば全身は明るいと言われました。その明るさは人々の心の中にある光によって示されるといわれたのです。目は、心がみえてくる場だと言われたのです。
ルーテル支援は4月の初旬から一人の青年を社協ボランティアセンターに派遣しています。自転車で日本一周をしていて、ある教会で今回のボランティア募集をみて石巻にやってきた青年です。彼はテントで生活しながらこの3ヶ月の活動をしてきました。すっかり社協さんの一員となったように、とても信頼されました。あるとき社協の人から次のようにいわれました。「あのルーテルさんの目は澄んでいる。とても透き通った純粋な目ですね」と。彼をみた多くの人が同じことを言っていました。彼が生きてきた教会生活(牧師家庭)のなかで与えられた御言葉からくる純粋さではないかなと思います。
イエス様は「体のともし火は目である」と教えられました。続けて「目が澄んでいれば、あなたの全身は明るい」と言われました。目をみればその人のすべてがわかるといわれたのです。澄んだ目になるためには、み言葉に生きることが必要と思います。それは内にあるものの輝きが目に現れるからです。