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九州でおかなわれた人事委員会に出席しました。毎回第1回目は2泊3日の日程で行われています。今回は仙台から参加し、仙台にすぐに帰るという日程の中、少しのんびりしました。
被災地に入っていると、どこかいつも緊張しています。自分でもわかります。しかし、いつも客観的に見なければと思いますが、なかなかできません。そんな時、九州へ、そして柳川へいってきました。
柳川といえば、うなぎのせいろ蒸し。これは絶品ですよ。あつあつですが、それがまたよしです。久しぶりの御馳走でした。
ルカ 24:15 イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。
ルカによる福音書は、イエス様の復活後の出来事をガリラヤではなくエルサレム周辺の出来事として記しています。エルサレムからその後の伝道は始まったことを描きだしています。2人の弟子がエマオへの道を歩きながら、十字架の出来事や復活のことを論じ合っていました。そこにイエス様が現れたのです。不思議なことに彼らはイエス様がわかりませんでした。ただ共に歩かれる方の存在を知っただけでした。 ルーテル支援センター「となりびと」は、仙台市内にある聖公会支援センターに事務所を置かせていただくことになりました。これまでも聖公会とはエキュメニカルな対話を続けてきましたが、この災害が対話を具体化するものとなりました。今後も聖公会とルーテルは協働し、宮城県の支援に携わっていきます。さて、私たちルーテル支援は「となりびと」、聖公会は「いっしょに歩こうプロジェクト」と名前がつけられています。どちらもその教会支援の特徴を表現しています。今回この2つのオフィスが一つになったことで、一緒に歩くとなりびとになりました。まさにイエス様の活動そのもだと思います。 イエス様はエマオへの途上で、まず弟子たちに近づいてこられました。となりびとになられたのです。そして一緒に歩き始められました。この復活後の出来事のなかに、痛み苦しむ弟子たちのためにされたことが凝縮しています。今回の支援もテーマもそこに見つけることができました。
マタイ 10:7 行って、「天の国は近づいた」と宣べ伝えなさい。
イエス様は弟子たちを派遣するにあたり、イエス様ろ同じ権能を弟子たちに与えられました。その働きはほとんどイエス様の働きと同じです。また、行って人々に宣べ伝えることも「天の国は近づいた」ということであり、これもまたイエス様の教えに基づいています。また派遣するにあたり注意されたことは、的確な指示でした。 少し落ち着いてきたので、時間をみつけて読書をするようになりました。めまぐるしく時間が過ぎていくなかで、何かひとつでも違ったことをしておかねばとおもったからです。しかし救援活動に入り込んでしまうとそのような時間はなくなってしまいます。今日読んだ本の中にあった言葉です。「オーケストラは、これから演奏しようとする楽曲、つまり目標を知らないメンバーはいない」。救援活動も一致した目標は何かを常に示す必要があります。目標とゴールと期間。これが明確にしめさてこそ活動がよりよい報告に進んでいくのです。この3つを本部が示しているかをたえず考えておかねばなりません。 イエス様は弟子たちを派遣するにあたり、「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい」と言われました。大きな目標はみ言葉を宣べ伝えることでした。このはっきりとした目標のもとに派遣されたのです。私たちの活動におけるイエス様のみ言葉はなにかを考えつつ今日も被災地に立っています。
マタイ 10:42 わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。
イエス様は弟子たちを宣教へ送り出すにあたり、多くの言葉を語られました。その最後に「受け入れる人の報い」を教えられました。弟子たちは宣教活動の中で、喜んで迎えられるばかりではない。むしろ迫害をうけることが多いかもしれない。しかし、必ず受け入れる人がいる。その人々は神様の報いを受けるといわれました。それが冷たい水1杯であってもです。 被災地で活動している多くの人々に出会います。「やっている」「やってあげている」という感じを受けることもあります。被災地に雨が降り活動が中止になると「せっかくここまできてやっているのに」と声を荒げてクレームを言ってくるボランティアもいます。なぜ雨の日は中止せざるをえないのかをちょっと考えてみるとわかるのですが。お金と時間をかけて東北へきているということもわかりますが。ただ、そのとき「受け入れて下さる方がいなければ」を考えてほしいなと思います。私たちは被災地の方々に受け入れてもらえなければ活動はできないのです。 イエス様は「冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」と言われています。そこまでの関係を持つことができれば、互いに祝福をうけるということです。「してあげる」「してもらう」だけでなく、互いに復興へむかうことが「となりびと」の役割だと思います。
石巻市・牡鹿半島の先端鮎川地区にいってきました。第2回ボランティアバスパックで、仮設住宅に花を植えてきたのです。仮設に住んでおられる方々もお手伝いくださり、作業ははやくおわりました。 そのご、最近再開したコンビニに立ち寄り、トイレ休憩、昼食をたべていました。目の前に止まっていた大きなトラックが動いた時、そこに文字をみつけました。HELPと書かれてあります。震災の時、この地区は孤立していたのです。次々に車が移動するたびに文字がでてきました。「日赤病院へ」「出産」「HELP」と読めます。あのとき、この地区で緊急で出産をせねばならなくなった方がおられたのでしょう。あの雪が降る日、はたしてどうなったのか。こnお文字を見ながら、新しい命の誕生を祈るしかありませんでした。母子はいまも健康だろうか。家族にかこまれているだろうか。 被災地もずいぶん片付いてきたと新聞に書かれてありました。しかしそれは表面だけのことで、このようにふとしたところに傷跡が見えてきます。毎日が祈りです。祈りつつこの活動を進めています。
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