ヨハネ 20:2 主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。
イエス様の十字架から復活までの間、人々の悲しみは大きいものでした。一番の悲しみは、イエス様がいなくなってしまったことでした。マグダラのマリアはイエス様の葬儀のために納められた墓にやってきます。そこにイエス様の体はありませんでした。そこから復活の物語がはじまります。悲しみから喜びへ、死から復活への希望が与えられていくのです。しかし、そこにたどり着くまでに、人は多くの悲しみを通るのです。
石巻市北上で活動を始めました。北上川河川敷には多くの田んぼがあります。現在は田んぼの瓦礫撤去がひとつの作業です。また、保育園、施設の草取り作業もしています。ある時、河川敷にいくつもの線が入っているのに気がつきました。横一直線に魚の鱗のような線でした。この線はいったい何だろうと思っていました。先週のことでした。同じ田んぼに横一直線に並んで作業しておられる団体を発見したのです。機動隊の方々でした。みな手にスコップをもっておられます。じつはその線はご遺体捜索の跡だったのです。いまでも遺体捜索は行われています。昨日も海に浮かんでいる遺体が運ばれていました。かなり大変な状態ですが、それでもご遺族にとってはかけがえのない家族なのです。お孫さんの帰りをまつおばあさんが言われた「きっとみつかるよね」の言葉が耳からはなれません。
イエス様は復活され、弟子たちにその姿を現してくださいました。再び会うことを示してくださったのです。私たちは天に召された方々とこの世では会うことはできません。しかし、神様のもとで新しい命を頂いた時、再び会うことが約束されています。その御言葉を信じるしかないのです。大きなな悲しみは喜びに変えられる時が必ず来る。イエス様は教えてくださいました。