被災地救援活動では何気ない出来事の中に、人々の痛み・苦しみを感じることがあります。そのことに出会う時、私たちボランティアはどうしてよいかわからず、そこに寄り添うだけしかないのです。
石巻北上にある仮設住宅を訪問した時のことでした。家族のほとんどを津波で流された方がおられました。いつも快く家に向かい入れてくださっていました。今回も被災ぶりの再会とあって、お茶に呼ばれました。これからの復興にむけて、コミュニティの再生について。また家族の絆についてと話をしてくださっていたときのことでした。突然携帯アラームが鳴ったのです。13時15分でした。その方は携帯をみながら寂しそうにされたのです。実はこの時間は障がいをもったお孫さんを学校に迎えにいく時間だったのです。いつも遅れないようにとアラームを設定しておられたのでした。「もう必要ないだけどね。解除できんのですわ」と。津波にさらわれたお孫さんのことを毎日思いだすそうです。
アラームが鳴るたびに孫のことを思いだして辛くなる。でも解除してしまうと孫が消えてしまうようでもっと辛い。もうすべて受け止めて前へ進まなきゃいけないと思う。できることならずっとアラームをセットしておきたいと。涙を流しながら話してくださいました。
忘れたいけど忘れられない。辛いけれど心の支えでもある。そんな状況のなかで生きておられる方がたくさんおられます。被災地も寒くなり、零下の日もあります。凍えるような仮設住宅の中で、一人生活をしなければならない方も多いです。ルーテル教会救援は寄り添うことをミッションにしています。厳しい現実の中で、それでもイエス様がそこに寄り添っておられるから、私たちの活動もあるのです。