ヘブライ 11:16 ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。
ヘブライ人の手紙は「信仰」について力強く語っています。その中で信仰生活とは、神様の約束の成就がまだ起こらない時代には、信仰によって死を受け入れることによって成り立つと言っています。この死が受け入れられるのは天の故郷が用意されているからです。
東日本大震災救援活動で共に働いた被災者の方がおられます。その方の家族は助かったのですが、奥様の家族は全員津波に流されたと教えてくださいました。5名もの家族を一瞬で天に送られたのです。しかも、生れて育った土地も土台ごと流されたそうです。「うちのかみさん帰るところがなくなったんだよね。かわいそうだよね。しかも帰る場所もない。地域の人たちもすべてないんだよね。せめて帰れる何かが少しでもあればよかったのにね~」とため息をついておられました。帰る場所をなくすということは、自分の存在をなくすのと同じことかもしれないと思いました。
ヘブライ人への手紙は「天の故郷を熱望していたのです」と言います。私たちにはイエス様が用意して下さっている天の故郷があります。この故郷に帰っていくことが信仰者の希望です。そしてこの故郷は決してなくなることはありません。帰れる故郷があることが、私たちにいつでも希望を与えてくれるのです。
<音声朝礼は「神様の色鉛筆」でどうぞ!>