ルカ 6:21 今泣いている人々は、幸いである、あなたがたは笑うようになる。
イエス様が笑ったという記事は聖書のどこにもありません。旧約聖書では「笑う」ことは神様に対する不信として書かれています。創世記18:12でアブラハムの妻サラが年とって子どもを産むことを神様の使いが告げたときに「笑った」という記事があります。その箇所では「笑った」「笑わない」の議論があり、神の使いは「笑った」ことに対して厳しくとがめています。しかし、これは笑うことが罪なのではなく、神様の言葉を信じられなかったことに対してとがめたのだと思います。イエス様は信仰によって「泣いているもの」は「笑う者」への変えられると教えておられます。
ルカによる福音書の中にある平地の説教の一つです。ここではイエス様は「笑うようになる」といわれています。笑いは神様の祝福の中にあることの一つだといわれています。笑うようになるから、いま泣いている人々は幸いだと言われたのです。涙のあとにはかならず笑いが、喜びがやってくることを教えられました。神様のみ言葉を信じることによる幸いは、すべて祝福に向かうのです。
阪神淡路大震災のとき、西教区の派遣で1ケ月間にわたり西宮教会で災害復旧と、子どもたちの学童保育の救援活動をしました。親たちが瓦礫の整理で忙しい中、子どもたちは居場所もなく学校も閉鎖されていました。学校再開まで安全な場所を確保し、安心して過ごせる場所と心に平安を与えるプログラムの提供でした。活動を始めてから2週間たった時、一人のお母さんがお菓子をもってこられました。そして「教会にいかせてもらうようになって、やっと子どもが笑うようになりました」と感謝され「笑いが家族に戻ってきて、やっと生かされた喜びを感じます」と言われました。笑うことは簡単なようで、泣いている時に笑うことは平安を与えられるということかなと感じました。
イエス様は「今泣いている人々は、幸いである、あなたがたは笑うようになる」と言われました。今泣いている人々を、信仰によって笑うようにしてくださいます。神様が共におられ、導いて下さっていると信じるとき、私たちは神様だけがくださる平安の中で笑うようになれるのです。東日本大震災から1年9ケ月たったいま、このクリスマスに被災された人々の心に神様の平安が与えられるように祈ります。
<音声朝礼拝は「神様の色鉛筆」でどうぞ!>
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