ヤコブ 2:8 もしあなたがたが、聖書に従って、「隣人を自分のように愛しなさい」という最も尊い律法を実行しているのなら、それは結構なことです。
「自分のいいところ探し」ということを教えて頂きました。まず自分のいいところを20個書き出す。私もやってみましたが、これは難しいですね。7個位はでてきますが・・。次に家族の誰かをきめてまた20個書き出す。これも大変。次に共に働く仲間のいいところを20個。これも書けません。しかし書けない原因のもとは、自分の20個がでてこないことにあります。自分に「いいところ」を探すことができなければ、人に「いいところ」を探すことはできません。
聖書の言葉に「自分を愛するように、隣人を愛せよ」があります。これを読むとき、「隣人を愛せよ」はわかるのですが、「自分を愛する」ことが、自己愛やわがままにつながらないかな?と考えてしまいます。しかし、自分を本当に愛せない人は、神様の愛もわからず、隣人をどうやって愛していいかもわからないのかもしれません。
ある兄弟が「遺言」をのこしておられました。そこには、「亡くなったときはすぐに教会へ連絡すること。葬儀はキリスト教式でやること。質素におこなうこと」と書かれてありました。しかし、実はこれだけではありません。本当の遺言は最後に書いてありました。「骨は妻のもとの一緒にして納骨するように」。奥様を先に天に送られ本当に心を痛めておられました。生前に奥様が描かれた油絵のすべてを額に入れ、お部屋の中に飾っておられました。それだけでなく、遺骨をいつも腰のウエストポーチに入れておられました。いつも共にあるのだということ、いつも共に礼拝しているのだという信仰だったのでしょう。「愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神からでるもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているのです」を思い出しました。
「隣人を自分のように愛しなさい」。これは、神様がどれだけ自分のことを愛してくださっているか、その御心の大きさを知ることです。神様が愛してくださっている私自身を、自分も愛することが必要です。その愛を自分だけのものとせず、隣人へと向けていきましょう。
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