ヤコブ 2:8 もしあなたがたが、聖書に従って、「隣人を自分のように愛しなさい」という最も尊い律法を実行しているのなら、それは結構なことです。
研修会で経営コンサルトの話をきいてきました。園内、職場環境をよくするということがテーマだったようです。話の中で「自分のいいところ探し」ということがありました。まず自分のいいところを20個書き出す。私もやってみましたが、これはとても難しいです。7個位はでてきますが・・。それでも多すぎでしょうか。次に家族の誰かをきめて、また20個書き出す。これも大変。次に共に働く仲間のいいところを20個。これも書けません。しかし、書けない原因のもとは、自分の20個がでてこないことにあります。自分に「いいところ」を探すことができなければ、人に「いいところ」を探すことはできません。
聖書の言葉に「自分を愛するように、隣人を愛せよ」があります。これを読むとき、「隣人を愛せよ」はわかるのですが、「自分を愛する」ことが、自己愛やわがままにつながらないかな?と考えてしまいます。しかし、自分を本当に愛せない人は、神様の愛もわからず、隣人をどうやって愛していいかもわからないのかもしれません。
ある会で講演をしてきました。主催は「LCL」という会でした。代表の方は、叙情詩人の方で、県下に1500人以上の受講生がおられ、全国ではもっと多くの数になります。この会は氏が34歳の時に「満足して死を迎えるために」ということから始めた講座だったそうです。それから25年、現在では「充分満足に生きたものが、満足した死を迎えることができる」という考えのもと、いまの人生を充分に生きるということを考えておられました。その中で「心とからだ」がテーマになってきたということでした。その心の部分の講演を頼まれたのです。テーマは「私の幸福論」でした。参加者の方々の熱心さに心を打たれて帰ってきました。まったくキリスト教の素地がない方々へ、キリストを直接語らないで、キリストの愛をいただくことの幸福を話そうという試みだったからです。何が一番の幸福か、それはキリストが私を愛してくださっていることを知ること、そして、私もまた愛するものを持っていることだと思います。キリストに愛されているから、私も愛することができる。こんな幸せを伝えたかったのです。
ヤコブは「隣人を自分のように愛しなさい」を実行しなさいと教えています。これは、神様がどれだけ自分のことを愛してくださっているか、その御心の大きさを知ることです。神様が愛してくださっている私自身を、自分も愛することが必要です。その愛を自分だけのものとせず、隣人へと向けていく。神様はたくさんのいいところを私に与えてくださっています。それを発見してみたいと思います。
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