クリスマスがやってきます。今年は「復興の祈り」をテーマにしています。今年しかできない「震災からの復興の祈り」をクリスマス礼拝で共にいたします。クリスマスの祈りの中で希望が見えてくる。そして礼拝の中で希望が与えられるように。
クリスマスが終わると年末年始です。しかし今年は帰郷する場所がなくなりました。立野にあった実家は更地になり、母は仮設で過ごしています。変わっていく故郷に何もできずにいます。故郷がなくなってしまう。帰る場所がないということが、こんなに寂しいとは思ってもいませんでした。今頃になって東日本大震災の時に「故郷がなくなって」と涙を流しておられた方々の気持ちが少しわかります。生まれ育った場所は大切な心の支えです。家も庭にあった木も、そして家の前を流れていた小川の音も。みな故郷。隣に住んでいたおじいさんも、前に家にいた子牛も、その香りもみんな故郷でした。
仮設に母を訪ねた時「奇跡があった」と喜んでいました。国鉄だった父の帽子が屋根裏から見つかったのです。解体業者の方が発見してとっておいてくださったとか。しかし、父はこの家が建つ2年前に召されています。この家に住んだことはありません。母もなぜ帽子がそこにあったかわからないと言うのです。誰が屋根裏に置いて下さっていたのか。35年も前の話しです。しかし母は「きっとお父さんがいつも見守ってくれていたんだね。これからも大丈夫って姿を現してくれたのよ」と。「奇跡、奇跡」と喜んでいました。私はその姿を見て、心がホッとしています。奇跡でいいんですよね。いまは仮設生活で大変ですが、こんな小さな奇跡が人に希望を与えるのです。
クリスマスも奇跡の出来事です。ベツレヘムという小さな町の小さな家畜小屋での出来事です。そこで神様のみ子がお生まれになったのです。この小さな命が希望の光なのです。どんな奇跡でもいい。そこに希望が生れてくればと願います。