マタイ 2:13 占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」
ある時「エジプトでは天気予報の必要はない」と、エジプトの友人が教えてくれました。いつも晴れているからだそうです。笑ってしまいましたが、良く考えるとそれだけ過酷だということでしょう。毎日が炎天下の中にあると思うと、昨年の猛暑を思い出しました。「そのような過酷な状況にあっても、神様は人が生きていけるようにしてくださっているのよ」と、その人は教えてくれました。どんな状況にあっても神様が配慮してくださっているというというのです。
占星術の学者たちからイエス様の誕生情報を得ることができなかったヘロデは、ベツレヘムに住む2歳以下の子どもを皆殺しする残虐行為をしました。ヘロデという王様は、自己保身のためには、妻や3人の息子を殺したほどでしたから、ベツレヘムの幼児を皆殺しにするくらいは平気だったのでしょう。いまでもベツレヘムには子どもたちの遺体を保管した小さな穴が大量に残されています。そのような残虐な出来事を避けるために、生まれたばかりのみ子イエスは両親とエジプトに逃避するという難民生活をおくることになりました。もっと過酷な所に逃げよというのです。荒れ野の中を逃避する家族の過酷さを思います。
もう1年前のことです。ある時PTAの会議で「援助交際」のことが話題になりました。中学生までもがそのような危険にさらされ、補導されているといいます。援助交際が危険と考えているのは大人たちだけで、本人たちはそのような認識が少ないのだと思います。取り締まりは困難なようで、被害届がでないと警察も動けないという話になりました。中学校でも生活指導の先生や、警察、地域などと連携をもって、子供たちの生活を守ろうとしています。しかし、一番大切なのは家庭であり、家族です。「援助交際」にしても、やっている本人たちが被害届をだすことはないし、それによって自分たちが自由に使えるお金が手に入るのです。自分たちに被害はないように思っているのでしょう。そんな現実の中、子どもたちを連れ戻せるのは親であり家族だと思います。クリスマスはたくさんの困難にあいながらも、幼子を必死で守ろうとした家族の物語がそこにあります。飢えや寒さからだけでなく、暴力、権力、宗教の軋轢からも、小さな赤ちゃんを守り通した家族がそこにいたのです。エジプトに逃れ、荒野の中をさまよい、異邦人の土地ガリラヤへ行き、ナザレという村へとさまよいながらも、幼子をしっかりと抱きかかえた家族がいました。そのような家族だからこそ、聖家族と呼ばれたのです。
神様は「わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい」と言われました。たとえ過酷な状況であっても、配慮してくださるということです。神様がきちんと逃れる所をしめし、守っていてくださる。み言葉を信じ、それに従う時、すべては守りのうちにあることを教えてくれるのです。
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