宗教改革500年を迎えました。どのように準備し、500年を迎えればいいのか、その迎えかたを考えながら過ごしてきました。結局は、いつものように礼拝で迎えることになりました。それが一番いい宗教改革500年の迎え方だと思います。
大江教会では「みことば」を中心に3年間の準備をしてきました。講壇用聖書の3回通読です。宗教改革500年を記念しての事ではありませんでした。しかし振り返ってみると「聖書のみ」の原点に立ち返る時間でした。これまでも個人で聖書通読はしてきました。それを教会の皆さんで3回通読できたことが信仰の財産となりました。まだ一度も読まれてない方はその恵みをぜひ受けて頂きたいと願います。大江教会の聖書通読がいつまで続くか。この原点に立つことができれば宣教する教会として存在してよいと思います。イエス様の「み言葉のみ」が、私たちの原点です。
緩和病棟カフェをはじめて2ケ月になります。すでに3名の方を天に送りました。直接お話しする機会は少しでしたが、ご家族の方々との交わりは大切な時間でした。「尽くしてもありがとうが言ってもらえない」「いつもご苦労の一言です」と。「ありがとう」と「ご苦労」は同じ内容かもしれませんが確かに違う言葉だと思います。必ず「ありがとうの言葉がきけますよ」と励ましていました。確信はありませんでしたが、きっとそうなると信じていました。天に召された1週間あとに家族とお会いしました。すると「ありがとうの言葉をきけました」と涙を流しておられました。自分にお礼が言ってほしかったわけではなく、感謝の言葉がその人を支え周りを支えていくことを知りました。言葉って不思議です。言葉はすべて内から出るとイエス様が教えて下さいました。
ルターが「聖書のみ」いったときのイエスのみ言葉が私たちを支えているのです。