今年は「きよしこの夜」をテーマに12月を過ごしてきました。「静かな夜。聖なる夜」のとおり、静かな時間を過ごすことが出来ました。
2018年12月25日は広島で最後の講演・礼拝を行いました。毎年広島にある生涯学習教養講座の方々に招かれています。これは詩人の平塩清種氏が主宰するカルチャークラブでもあります。12月の会報に平塩氏の詩がありました。
「歳終(しわ)の月」
幸せなことは 一年の始めの自己より 年の終わりの自己の方が はるかに幸せと感じられること
この一年 新しい知己を得たか… 心をゆり動かされる人と出会ったか… 胸躍る出来事があったか… 大切な人を守れたか… 愚痴も言い訳も恨み言も 尊さと覚悟の日々に開化させたか… 照る日、曇る日、風雨の日 悔やまれる箏の多きこの年を 心新たに 命の限りを美しく生きてきたか… (後略)
とても衝撃を受けた詩でした。一年の始めの自分より、年の終わりの自分の方がはるかに幸せと言えるだろうか。その為にはこの一年に何をしてきたか。何を想ってきたかだと言えます。一年前よりも仲間が増えたか。新しいつながりがあったか。批判ばかりして人に求めてばかりで、自分は指一本も人のために動かさない者ではなかったか。それよりも今日の命をその一日生きてきたか。反省することばかりが出てきます。それでも神様に守られて大晦日を迎えます。
2018年の終わりに幸せと感じられるかと問うてみました。うん。幸せだったといえる終わりを迎えています。神様が共にいてくださったことを実感できますから。