信徒会で礼拝堂の椅子整備が話されました。ご意見を参考して進めてまいります。椅子の重さ、移動のしにくさや清掃が話題となっていましたが、一番の目的は聖なる空間づくりです。新しい椅子がさらにこの聖なる空間プロジェクトの意味を教えてくれるものと思っています。座って祈れる聖なる空間づくりです。
さて「どうして宣教の中心が聖なる空間づくりなのですか」という質問を受けました。最近この礼拝堂とcaféを見に来られる超教派の方々からの質問です。聖なる空間はわかりますが礼拝堂は機能的に使えればいいのではないですかと。確かに礼拝をする場でもあり、コンサート・講演会に使用する多目的空間でもあります。そこになぜ聖なる空間を作ろうとされているかを知りたいと。答えは簡単です。ここがイエス様と出会える空間だからです。そしてこの空間の中心が「いのり」だからです。
ルーテル教会の牧師としていつも思うことは、礼拝堂で祈られる方が少ないということです。教会にきてすることは、まず礼拝堂に座って祈ることです。毎朝の礼拝だけでなく、ここに祈りが常にある空間にしてほしいのです。聖なる空間を完成させるのは、椅子でも、礼拝堂整備でもなく、そこに祈りがあることです。祈りたいと思う礼拝堂であることです。大江教会が20年後も持続可能な教会であるために必要なことは、いつの時でもここに聖なる空間があり、絶えず誰かの祈りがあることです。
なぜ椅子を変えるのですか?の問いに答えがあるなら、いまこの礼拝堂で祈ってみてくださいと答えるでしょう。毎日聖書が読まれ礼拝が行われている礼拝堂に座ってゆっくり祈りの時間を持ってみてください。その答えは聞こえてくると思います。物理的なことではなく、経済的なことでもない。信仰によってその答えを見出してください。