イザヤ25:10 主の御手はこの山の上にある。
救いを待ち望んでいた民に預言ざれた言葉の一つです。「御手はこの山の上に」。神様がここにいて守ってくださる。神様はここにおられるという確信があります。「御手」という言葉にひかれます。私たちにも手が与えられているからです。神様の御手とわたしの手。なにか不思議なつながりをいつも感じています。
ある看護婦さんがおられました。末期医療の病室で、反応がわずかしかない患者さんの体を毎日拭いておられました。いつもの仕事なので何も考えずに。しかしふと自分の母のことを思い出したそうです。母が末期病棟にいたとき、自分は同じように機械的にはできなかった。私の大切な人がここに生きていると思って体を拭いていたことを思い出したそうです。それから、すべての患者さんを母と思い、接してこられたそうです。ある日一人の患者さんが感謝をのべられた言葉は、「あなたの手には愛がある」でした。
私たちはここで仕事をします。機械的に仕事をするために神様から集められているわけではありません。神様から呼び集められた私たちの仕事は「この手に神様の愛が宿る」仕事です。今日も手を眺めるときがあれば、この手に神様の愛が宿っていることをおぼえましょう。
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