マタイ 8:27 人々は驚いて、「いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と言った。
イエス様と弟子たちがガリラヤ湖を舟で渡っていたとき嵐になりました。弟子たちが波にのまれそうになったとき、イエス様は寝ておられたと聖書は記しています。すぐにイエス様をおこし「主よ、助けてください。おぼれそうです」と懇願します。イエス様は、風と湖をお叱りになり嵐が静めました。そのとき様子をみて人々は「驚いた」のです。しかし、イエス様が問題とされたのは「信仰」でした。
梅雨明けから猛暑が続いた時の話です。4階の部屋も夜になっても気温がさがらず、昨夜は35度ありました。寝ていても熱中症になるとニュースで聞き、ビックリしています。その朝のことでした。毎日体温をはかることにしているのですが、表示が変わらないのです。説明書には「L」と出てきたら測定開始となっていますが、それが出ません。すでに35度をさしています。ということは、気温と体温とがほぼ同じということです。朝からちょっとした驚きでした。この驚きから問いがうまれました。なぜ異常気象か?神様の創造された世界を破壊してないか?健康は?と考えさせられました。
聖書の世界でも「驚き」を大切にしています。イエス様の出来事をみて、群衆は「驚く」のです。そして、「この方はどういう方なのか」という問いが生まれるのです。信仰の中で大切なことは問いがうまれることです。神様と自分との関係において問いをもつこと。その問いを自分で受け止めるときに、御言葉という答えが答えとしてあたえられるのです。この世界に起こることに「驚き」、そこから「問い」をもつということを考えてみましょう。