2コリ 11:14 だが、驚くには当たりません。サタンでさえ光の天使を装うのです。
パウロはサタンが光の天使を装うと教えています。装うと言う言葉は「変装する」という意味です。偽使徒と呼ばれる者が、キリストの使徒を装っているのはサタンの悪魔的な力によると言うのです。パウロにとって論敵は、キリストに仕えるものではなく、サタンのもとで使徒のように「義に仕えるもののように変装している」ということです。この短い箇所の中に「装う(変装する)」が3回も繰り返しのべられています。イエス様のみ言葉によって装いを見抜く力を必要としています。
この数年「詐欺」という言葉を多く聞きます。一番は「振り込め詐欺」というものですが、「結婚詐欺」「デート商法」「出会い系サイト詐欺」「補償金詐欺」。「出張ホスト詐欺」というのもあります。どの詐欺も言葉が巧妙でうまいということです。人を騙すにはかなりの熟練した技量を必要とするのでしょう。いま新任教職研修をしていますが、私も新任のころはよく騙されていました。「いま刑務所からでてきて金がない」とか「主人が危篤だが家に帰る旅費を貸してくれ」とか。「子どもの治療費を」とか。ありとあらゆる嘘にであってきました。みな言葉が巧みで、涙ながらに訴えられるとコロリとだまされるのです。いくつかの教会を兼務していましたので転送電話で同じ話を聞くと笑ってしまいましたが。
パウロは「サタンでさえ光の天使を装う」と警告しています。私たちはサタンの装いに騙されないようにしなければなりません。騙されないためには、その言葉を聞きわける耳を必要とします。常にイエス様のみ言葉に接しておくことではないかと思います。イエス様もサタンの誘惑に対して「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と言われています。