箴言 11:12 心ない者は友人を侮る。英知ある人は沈黙を守る。
旧約聖書の言葉でよく用いられているのは「イスラエルよ、聞け」というものです。ヘブル語では「シャマー・イスラエル」といいます。聖書の世界は見ることも大切ですが、それ以上に「聞く」ことを民衆に求めています。それは、神様の言葉は見るものではなく、聞くものだからです。目は惑わされることがおおいですが、神様の言葉を聴く耳は惑わされないといいます。すべての知恵は神様の言葉で与えられますが、それは聞くことで受け取ることができるのです。
箴言は、「ヨブ記」、「コヘレトの言葉」と一緒に、旧約聖書の知恵文学と呼ばれています。聖書で知恵というのは、人がこの世界で賢く生きていくために必要な生活技術や、生活能力を意味します。生活の中での問題や試練に、知恵によって処理し、適切な考えを持つことです。その知恵の集積が「箴言」です。この中に「英知ある人は沈黙を守る」という知恵があります。賢い者は、隣人や友だちの欠点を簡単に口にしないという意味です。しかし、その沈黙がもたらす大きな恵みもあると思います。沈黙するということはとても忍耐がいることですが、沈黙しなければならない時もあります。神様はその時を祝福してくださるのです。
ある時、リーダー研修会に参加したときのことでした。その研修会は冒頭に「リーダーの条件について」の講義がありました。その講師は4つの条件を示されました。その1番目が衝撃的でした。それは「リーダーは口を閉ざす」というものです。「リーダーは沈黙を守る」という話でした。真のリーダーはしゃべらない、軽々しくものを言わないというのです。しかし沈黙を守るという本当の意味は「人の意見を聞く」ということでした。自分勝手に考え、行動するのでない。また自分のことばかり考えるのでなく、いつも隣人に配慮できるためには沈黙して聞けということでした。ある神学者が「聞くというは奉仕」があるということを教えていました。それができる存在が真のリーダーです。
箴言は「英知ある人は沈黙を守る」と教えています。なぜ沈黙を守るかといえば、実は聞くためです。聞くことを英知とすることは聖書の中ではたくさんでてきます。イエス様も「耳あるものは聞きなさい」と聞くことを薦めておられます。それぞれが、与えられた職務のリーダーとして「聞く」ということを忘れないで過ごしましょう。
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