マタイ 6:4 あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。
事務局長時代に、出勤は一番先にと決め4年間実行しました。職員の誰よりも早く出勤し、窓を開けて空気を入れ替える。職員全員が来る前に祈る。これが事務局長として必ずやってきたことです。しかし、私よりも早く出勤する方がいます。掃除のおばちゃんです。時間通りにくれば私の方が早いのですが、おばちゃんは35年以上にわたって誰よりも早くセンターに出勤し、掃除をしてくれています。朝起きて最初に使用する人が、気持ちよく過ごせるためだそうです。誰の目にも見えないこの行為に、いつも感謝と尊敬をしていました。
イエス様は、施しについて語っています。施しは、社会的弱者に関して旧約聖書でもユダヤ教でも積極的に薦められています。しかしそこに人からの称賛を得ると言う動機が入ると「偽善」になると教えます。施しの行為は人に見せるためでなく、自然に行われるときに神様が見ておられ、愛の行為となると教えるのです。
「回転すしを人が美味しいと思う理由」というコラムを読みました。雰囲気なのか、新鮮な食材なのか。それとも接客サービスか。そのいずれも「美味しいと思う理由の一つ」だが決定的な理由は他にあるというのです。それは「醤油」です。実は回転すし屋の多くは醤油に生醤油をつかっていないそうです。ダシや旨味成分を必ずいれて調整しているのです。人は醤油を食べて美味しいと思っているというのです。本当かなと思いましたが、確かに普通の生醤油でないことは確かでした。隠れたとこにある業というか、よく考えてあるなと思います。私たちはこの隠れたサービスを受けていることが多いかもしれません。とくに流行っている店などに行くと隠れたサービスに出会うことが多いものです。
イエス様は「あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる」と教えられました。神様はすべてのことを見ていてくださいます。どんなに人目につかない奉仕の業も見過ごされることはありません。また人目につかない奉仕を喜んでくださいます。私たちも見える奉仕ではなく、見えなくてもできる奉仕を考えていきたいものです。それは行いだけでなく、言葉による奉仕も同じです。言葉に隠された優しさや思いやりを神様は見ていてくださることを考えて今日も過ごしてまいりましょう。
<音声朝礼拝は「神様の色鉛筆」でどうぞ!>
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