ルカ 2:29 主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。
クリスマス主日が終わると、教会も1年のまとめに入ります。今年1年はみなさんにとってどのような時でしたか?喜びも悲しみも、楽しみも試練も様々なことがおこったことでしょう。しかし、それは私たちの人生の一部です、毎日変わる人生の出来事に中で変わらないものをみつけています。それは神様です。そして神様から与えられる信仰です。この信仰をもって1年を振り返ります。
幼子イエスをメシアと告白するシメオン賛歌で、クリスマスの出来事はクライマックスを迎えます。シメオンは幼子イエスを見たとき、イザヤ書の「主の栄光がこうして現れるのを肉なる者は共に見る」という預言の成就を見ました。神様の言葉が実現したことを見たシメオンは「お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます」と歌うことができました。神様による約束は必ず実現することを知ったからです。
引退された牧師から「一つの礼拝が成立するには、約二十種類の奉仕がある。その全部を言えないようでは信者として失格だな」と言われました。私自身は言えるかと冷や汗ものでした。しかも続けて「その二十種類のうち五つ以上に関わっていなければ、キリスト教をやめたほうがよい」とまで言われました。礼拝での奉仕についてどのくらい知っているでしょうか。そしてどのくらい関わっているでしょうか。私たちの教会では、奉仕するもしないもその人の信仰の問題だと言ってきました。ですから「しましょう」と言ったことはありません。むしろ自分がやればそれでよいと言う考えだったのです。その方が楽なのです。ところがそれでは、皆さんを神様から遠ざけていることに気がつかされました。「お客さん信者の多い教会は絶対成長しない」との言葉の重さを感じます。それではどうあるべきか、牧師として悔い改めを迫られています。
2018年も終わりが近づきました。今年1年を振り返り、神様からの多くの恵みと導きがあったことに感謝したいと思います。私たちの働きは、神様の働きの中の一部分にしかすぎません。しかし、その一部分でも各自が誠実に関わって1年の終わりを迎えることができます。シメオンはいいます。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。」今日1日はそのことを覚えて感謝のうちに1年の納めをしたいと思います。
<音声礼拝説教は「神様の色鉛筆」でどうぞ>