マタイ 7:24 わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。
被災地ではじめは受け入れられ、あとから断られたボランティアに「傾聴ボランティア」があります。被災者が体験したことに耳を傾け、共感するボランティアでした。はじめは本当に受け入れられました。しかし、心を開いて聞いてもらったあとに心が閉じられないということがおこりました。聞くことだけでなく、心を開いたことによる空白に目を留めるようになったのです。聞いた後にどうすべきかを問われる出来事でした。
イエス様は「2つの家のたとえ」を話されました。ある家は岩の上に家を立て、ある家は砂の上に建てたという話です。「雨が降り、川があふれ」という条件は同じでも、土台が違うと全く違う結果になってしまうといわれました。砂を土台にするか、岩を土台とするかという問題です。しかし、イエス様はどこに家を立てるかではなく「土台」について教えられました。この土台こそ「み言葉を聞いて行う」ということです。
ビジネス書にリーダーの心得というものを見つけました。「職場で人の話にきちんと耳を傾けられない人は、いずれお払い箱になる」「的確な決定を下せないリーダーは、それ相応の報いを受ける」という2つです。的確な決定というのは「考えられる不確実要素のすべてを排除し、可能な限りの最善の選択肢」をいうのだそうです。できるだけ多くの不確実要素を排除するには、人の話をきちんと聞くことだと言うのです。リーダーというのは「聞いて行う人」ということです。
イエス様は「わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている」と言われました。イエス様の言葉を聞いて行う人は、確固たる決断の上に立つと言われました。イエス様の言葉を聞くことによって、不確実な要素はすべて取り払われていきます。最後に残るのは真実のみです。その上に立つことは、岩の上に立つことと同じです。自分の声ばかりではく、相手の声に耳を傾けることが大切です。その上で最後にイエス様のみ言葉に聞き従うのです。これが信仰者の決断だと思います。
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